中臣鎌足(藤原鎌足)

中臣鎌足(藤原鎌足)

飛鳥時代:614年~669年
ゆかりのスポット 談山神社・伝飛鳥板葺宮跡

蘇我入鹿が暗殺された、大化の改新こと「乙巳の変(いっしのへん)」の中心人物で、大貴族藤原氏の創始者。飛鳥観光や、特に談山神社に行くときには、知っておきたい人物です。

大事件の中心人物・大化の改新の立役者

中臣鎌足は、豪族・中臣氏出身の政治家。経歴はよく分かっていませんが、若いころから勉強熱心で、秀才と言われたとか。死の直前、功績が認められて、天智天皇から当時最高の位と「藤原」の姓を与えられたので、藤原鎌足とも呼ばれます。

中臣鎌足といえば、なんといっても「大化の改新の立役者」として有名。けまりをきっかけに中大兄皇子(後の天智天皇)と親しくなって、古代史最大の事件「乙巳の変」で、中大兄皇子たちといっしょに、時の権力者蘇我入鹿を暗殺したエピソードはよく知られています。その後も、天智天皇と協力して、天皇中心の国づくりに貢献したようです。

大貴族・藤原氏の「最初の1人」

史上最大の貴族・藤原氏の「最初の1人」というのもポイントです。「藤原」の姓を与えられたのは死ぬ間際で、本人が藤原鎌足と呼ばれることはなかったとはいえ、子孫が奈良時代から平安時代にかけて大繁栄。藤原道長など有名人もたくさんいるほか、藤原氏関係の皇族も相当いるでしょう。

ゆかりのスポット

奈良有数の紅葉の名所、談山神社は中臣鎌足をまつる神社。もともとは、中臣鎌足と中大兄皇子が、大化の改新の相談をしたところだとか。立派な境内からは、子孫・藤原氏の繁栄も見えてくる気がします。また、飛鳥の一角にある「伝飛鳥板葺宮跡」は、乙巳の変が起こったところと言われています。

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