聖徳太子

聖徳太子

飛鳥時代:574年~622年
ゆかりのスポット 法隆寺・法起寺・橘寺

日本史の中でもトップクラスの有名人。法隆寺や法起寺など、特に斑鳩エリアとかかわりが深くて、「斑鳩について予習することは聖徳太子について知ること」といっても言いすぎじゃないくらいです。

日本史のスーパースター キーワードは「仏教」と「天皇中心」

聖徳太子は、知らない人はいないくらいの日本史のスーパースター。本名は厩戸皇子(うまやどのおうじ)といって、厩(馬小屋)の前で生まれたからとか、いろいろ説があるようです。奈良時代から平安時代くらいになって、聖徳太子と呼ばれるようになったとか。

聖徳太子の歴史上のキーポイントは、「仏教を広めた」ことと「天皇中心の国家をめざした」こと。子供のころから仏教を信仰していたようで、同じく仏教信者の蘇我馬子と協力して廃仏派の物部守屋を倒したり、お寺をいくつも建てたりしました。政治のほうでは、日本初の女帝・推古天皇を助けて、有名な冠位十二階や十七条の憲法を制定。どちらも、豪族支配から天皇中心の政治に変えようとした「政治改革」です。

聖徳太子なくして斑鳩は語れない

奈良のなかでも斑鳩エリアは、聖徳太子関係の見どころだらけ。聖徳太子は、斑鳩に宮を作って、奈良最大級の見どころ・法隆寺(斑鳩寺)を建てたと言われています。法起寺は聖徳太子が法華経を講義した跡地だし、法輪寺は聖徳太子の息子・山背大兄王(やましろのおおえのおう)が建てたと言われているなど、とにかくゆかりのスポットが目白押し。

伝説いろいろ 存在を疑う説も

「10人の話をいっぺんに理解した」とか伝説も多いですね。「観音菩薩の生まれ変わり」として信仰されても来ました。一方、最近は、ほんとは存在しなかったんじゃないか?という説が出てきて、歴史の教科書にまでその話題が載ることになったとか。「古代史のエース」の地位も危ういかも?

Copyright(c) 2012 奈良旅プランヘルパー All Rights Reserved. Designed by o2BusinessTheme